歌舞伎座タワーがそびえたつ東銀座駅。A1出口をでて、ビジネスパーソンや観光客で賑わう昭和通りを3分ほど歩くと、ビル群の中に温かな灯りが漏れるお店が現れます。こちらが京扇子の専門店「宮脇賣扇庵(みやわきばいせんあん)」です。
徐々に日差しが強くなる初夏以降、涼を求めて訪れる来店客が途絶えない扇子店。外国人観光客が日本土産を物色する姿もお馴染みの光景となりました。今回は、風雅な佇まいでやわらかな風をまとう「京扇子」の名店、宮脇賣扇庵の東京支店をご紹介をします。
目次
宮脇賣扇庵(みやわきばいせんあん)について
江戸時代後期、文政6年(1823年)に創業した宮脇賣扇庵。美濃国出身の初代が扇子屋の株(鑑札=営業に対して役所が与える許可証)を譲り受け、主産地である京都で創業しました。現在の屋号を掲げるようになったのは三代目の頃。書画を嗜みながら文人墨客と深い交流があった縁から、日本画家・富岡鉄斎により「賣扇桜」という京の銘木にちなんで名付けられました。
錦市場から程近い六角富小路にある京都本店には、京都画壇の巨匠・四十八画伯によって描かれた天井画や、東都著名画家十二人による扇画面が保管されています。他にも、北大路魯山人の作品をはじめとする、著名人による寄せ書きや掛け軸など貴重な美術品を収蔵し、一般に公開されているものもあります。
200年もの歴史をもつ宮脇賣扇庵は、江戸時代からほぼすべての製品を自社で製造販売し、京の歴史と風格を体現した店舗とまで言われます。美しく並べられた扇子の数々、そして訪問客へのきめ細かな対応は、老舗の看板を背負い継承しているという高い使命感と誇りを感じます。
伝統継承の柱、後継者を育てることにも尽力
扇子の製造工程は扇骨作り・扇面作り・仕上げ作業など20余りに分かれ、職人の手を87回通ると言われます。京扇子は完全分業制をとっているため、専門職人による作業クオリティが極めて高いものの、ただひとつの工程でも職人が抜けると存続が危ぶまれてしまうことも事実。
第一線で活躍する職人の高齢化が問題となっている昨今、宮脇賣扇庵では若い職人の育成にも力を入れ、技術継承に対して意欲的に取り組んでいます。技術の獲得に歳月を要する扇子の世界にあって、職人の確保がとても難しい時代。職人志望者をベテラン職人にアテンドする体制をとるなど、次世代に扇文化を継承する重責を担っているのです。
東銀座に拠をかまえる宮脇賣扇庵の東京支店
京都に本店をかまえる宮脇賣扇庵が、東京に支店をもったのは昭和30年代のこと。ハイブランドの聖地であり、芸術とファッションが高いレベルで融合する銀座を東京支店の地に選びました。「訪れる方々も洗練された目利きをもつ人が多い。完成度の高い商品を展開することがマストであり、全体の品質向上につながると考えています(東京支店長・増渕氏)」。
東京支店で注目したい店舗の見どころ
宮脇賣扇庵の東京支店内には、種々洋々なデザインの京扇子が開かれた状態で飾られています。ディスプレイに飾る扇子は、季節を感じる旬の柄や時期をわずかに先取りした柄を選んでいるのだと言います。6月中旬の取材時には、鮎や蛍など初夏の爽やかなデザインが展示されていました。
また、天井に視線をあげると、京都本店の天井画をイメージした装飾が施されています。本店で使用されていたインテリアが並べられ、悠久の時を経た深みが醸しだされている点も隠れた見どころです。店内中央に設置されたテーブルや扇子の収納棚など、訪問の折には家具や什器にも目配せをしてみてください。
扇子えらびに楽しみを感じるための配慮
扇子えらびで確認したいことが使い心地。商品選びの段階で扇子を開閉するのは気が引けてしまうものですが、そんな心配を払拭してくれる心配りがあるのでご安心ください。宮脇賣扇庵では、高級扇や一点物を除きほぼすべての商品見本を店頭に陳列。「お客様自ら扇子を開いて扇面をご覧になり、選ぶ楽しさを味わっていただきたい」と増渕氏は話します。
安心して敷居をまたげるオープンな雰囲気
涼をとるだけでなく、日舞や茶道、各種芸事などにも不可欠な扇子。自分用としてはもちろんのこと、法人・個人を問わず、お中元やお歳暮、お祝い事、返礼品としても幅広く利用されています。宮脇賣扇庵には、男性から女性まで扇子ギフトを探しに訪れる姿で賑わいます。
実は、銀座には老舗京扇子の直営店舗が宮脇賣扇庵の他にありません。「確立された分業体制と高度な熟練技術が合わさりひとつの扇子が完成する、京扇子の “仕立ての良さ” を実感できる店舗になっています(増渕氏)」。ここでは、京扇子そのものだけでなく、京文化の魅力にも触れる貴重な体験を味わえるのです。
宮脇賣扇庵で取り扱われる扇子のラインナップ
用と美が一体となった扇づくりが高い評価を受ける宮脇賣扇庵では、オリジナルの絵柄やコラボレーション商品などを含め、多種多彩な扇子のラインナップを揃えます。ここでは、特に筆者が気になった扇子の中から、利用シーンを考慮してピックアップした扇子をご紹介します。
夏扇(なつおうぎ): 涼をとるための扇子
銀箔を用いて装飾が施された華やかなライン「正倉院」は、男女どちらのサイズも展開している宮脇賣扇庵の伝統的な柄。気品と風格を備えた際だつ存在感は、季節を選ぶことなく使え、様々なシーンで重宝します。
その目を惹くデザインに注目しがちですが、親骨の趣向も刮目に値します。蒔絵をはじめ、螺鈿(らでん)や梨子地(なしじ)などの技法を駆使して精細な装飾が施された親骨は、扇子を仰がずとも高揚感を味わえる一品。また、草花や縁起物が美しく表現され、工芸品としての側面も感じ得ます。
宮脇賣扇庵では他にも、煤竹(すすたけ)という古民家の骨組みの竹を利用した京扇子を扱います。長い年月をかけて囲炉裏で燻され雨風に晒された竹は美しい色艶が生まれ、水分がほとんど抜けていることから軽量さが特徴です。家屋の解体時にしか手に入らない上、古民家の数自体が減少しているため、完成品となる扇子にはその稀少性から高値が付けられます。
扇子好きの界隈では「やはり煤竹の扇子でなくちゃ」という素材に着目する観点から扇子選びが始まることもあるそうです。煤竹を使用したラインナップがこれほど充実している扇子店は極めて稀で、宮脇賣扇庵のもつ大きな強みでもあります。
茶扇(ちゃおうぎ): 茶席で用いる扇子
茶の湯の会を催す席(茶席)で、結界の役割を果たす丈の短い扇子を「茶扇」と呼びます。茶席の扇は開くことはしませんが、御月謝などを払うときに茶扇に乗せてお渡しすることも旧来の名残として存在しているそう。お披露目の機会は限られるものの、密やかな愉しみとして絵柄を選びたいところです。
舞扇(まいおうぎ): 舞踊に用いる扇子
伝統的な日本舞踊において、優雅な所作を引き立てる重要な小道具が「舞扇」です。煌びやかで優美な絵柄が描かれていて、通常は舞台の演目に合わせたものが選ばれます。ひときわ目を惹く大振りの絵柄が描かれた舞扇は、圧巻の存在感を放ちます。
飾り扇(かざりおうぎ): 室内飾りに用いる扇子
日本伝統の柄が描かれた華やかな「飾り扇」は、和室やリビングに置くだけで高級料亭・旅館のような絢爛華麗な雰囲気を漂わせるインテリアの要となります。種類豊富に飾り扇を取扱う宮脇賣扇庵では季節感が特に意識され、6月中旬の取材時には涼しげな秋草や朝顔の檜扇(ひおうぎ)が店内を彩っていました。
- おわりに
宮脇賣扇庵の五代目当主・宮脇新兵衛は「扇子は、古くから日本人の生き方や美意識、文化と深層部分で激しく様々に関わりながら生きつづけてきた伝統工芸のひとつである。扇子は必ずしも京都にだけ産するものではない。しかし道具の域を超えた扇子は京都にだけしか生まれない。そこに京扇子の真骨頂がある」と京扇子の魅力について話したそうです。
和文化のルーツを紐解く上で外せない「京扇子」は、日常的な道具でありつつも日本人の心を表現する伝統工芸品です。宮脇賣扇庵の京扇子は、伝統文化を受け継いできた誇りと責任から唯一無二の美しさが滲み出ているかのよう。宮脇賣扇庵の東京支店に訪れたなら、京都まで行かずとも日本の美意識に触れるディープな体験を味わえることでしょう。
宮脇賣扇庵の詳しい情報
店名 | 宮脇賣扇庵(みやわきばいせんあん)東京支店 |
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住所 | 〒104-0061 東京都中央区銀座7-13-6 サガミビル1階 |
営業時間 | 11:00 ~ 17:30 |
定休日 | 月曜日(特別休日:年末年始) |
最寄駅 | 東銀座駅(日比谷線・浅草線)A1出口より徒歩3分 銀座駅(丸の内線・銀座線)A3出口より徒歩5分 築地市場駅(大江戸線)A3出口より徒歩9分 新橋駅(山手線、京浜東北線、横須賀線)徒歩8分 |
電話番号 | 03-5565-1528 |
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本記事は2023年7月13日時点の情報です。