本記事は、ギフト関連各社の公開資料、贈答文化研究、民俗学的背景などを参考にしながら、SmileLabel編集部の解釈を交えて構成しています。
「産後1ヵ月で内祝い選びなんて、本当に無理だった」
「出産祝いを贈ったら、逆に気を遣わせてしまった気がする」
「“お返し不要です”と言われていたけど、お返しをしたら怒られた」
近年、そんな声をよく耳にするようになりました。
昔は“当たり前”だったはずの内祝い。でも今、その文化に少し息苦しさを感じている人は、意外と少なくないのかもしれません。
そもそも内祝いは、もともと“お返し”ではありませんでした。
古くは、家族に起きたおめでたい出来事を、周囲の人たちへ分かち合うための贈り物だったと言われています。
「うちに良いことがありました」
「いつもありがとうございます」
「これからもよろしくお願いします」
そんな気持ちを込めた、“幸せのお裾分け”のような文化だったのです。
しかし時代とともに、その意味合いは少しずつ変化していきました。
現在では、「お祝いをいただいたら、お返しをするもの」という認識の方が一般的かもしれません。
さらに、「半返し」が暗黙のマナーとして浸透したことで、“感謝”よりも先に、“負担”を感じてしまう場面も増えました。
特に出産内祝いは、産後間もないタイミングと重なることも多く、心身ともに余裕のない中で準備を進めている人も少なくありません。
それでも、内祝い文化がここまで長く受け継がれてきたのには、きっと理由があります。
ただ、この文化は、令和の今にも本当に必要なのでしょうか。
もし必要なら、どんな形なら、もっと気持ちよく“祝福”を贈り合えるのでしょう。
この記事では、内祝いの起源や変遷をたどりながら、令和時代に合った“新しい内祝いのあり方”について、ギフトコンシェルジュの視点から考えていきます。

[ この記事を書いた人 ]河野ひろこ/ギフトコンシェルジュ
看護師時代に培ったホスピタリティを活かし「人となり」を想像したプレゼントの見立てを得意とする。ギフトコンサルタントとして贈り物にまつわる悩みに寄りそい、新しい時代のギフト文化を研究。二児の子育てに奮闘しながら、ショップ巡りが10年来のライフワーク。
INDEX
1.内祝いは「めでたいことが起こった家庭が贈るもの」だった
今では、「お祝いをもらったら、お返しをするもの」というイメージが強い内祝い。
でも実は、昔の内祝いって、今みたいな“返礼文化”とは少し違っていました。
内祝いの起源には諸説ありますが、古くは「身内に起こったおめでたい出来事を、周囲の人と分かち合うための贈り物」だったと言われています。
たとえば、子どもが生まれた。結婚が決まった。家を建てた。
そんな人生の節目があったときに、「我が家に良いことがありました」という報告も兼ねて、近所や親族へ品物を配る。そこには、“いただいたから返す”というより、“幸せのお裾分け”に近い感覚がありました。
つまり本来の内祝いは、「お返し」ではなく、“おめでたいことがあった側から自主的に贈るもの”だったのです。
背景にあるのは、昔の日本ならではの“ご近所文化”です。
今よりずっと、人と人とのつながりが濃かった時代。冠婚葬祭も、子育ても、ときには農作業まで、地域や親族同士で支え合うのが当たり前でした。
だから、誰かの家におめでたい出来事があれば、それは“その家だけの喜び”ではなく、周囲みんなで共有する出来事でもあったのです。
内祝いには、「これからも良い関係をお願いします」という意味も込められていました。
また、当時は今以上に「家」という単位が重視されていた時代でもありました。
結婚や出産も、“個人のイベント”というより、“家と家とのつながり”や“家の継承”として捉えられる側面が強かったと言われています。
そのため内祝いも、「個人から個人へのギフト」というより、「家から家へのご挨拶」に近い役割を担っていました。
では、なぜ現在のような「お返し文化」に変化していったのでしょうか。
大きな転機になったのが、戦後の百貨店文化です。
高度経済成長期に入ると、中元や歳暮などの“贈り物文化”が全国に広がっていきます。
その流れの中で、「いただいた額の半分程度を返す」という“半返し”も、一般的なマナーとして定着していったと言われています。
さらに、都市化や核家族化によって、地域共同体とのつながりは徐々に薄れていきました。
かつては「共同体へ幸せを共有する文化」だった内祝いも、少しずつ、「個人から受け取ったお祝いへの返礼」として認識されるようになっていきます。
また、現代では現金でお祝いを贈るケースも増え、「いくらいただいたか」が見えやすくなりました。
すると自然と、「同じくらいの額を返さなきゃ」という意識も強くなっていきます。
さらに、冠婚葬祭業界やマナー本などを通じて、「これが一般的なマナー」という価値観が全国に広がっていきました。
こうして本来は“幸せのお裾分け”だった内祝いは、時代の変化とともに、少しずつ“失礼のない返礼文化”へと意味合いを変えていったのです。
もちろん、感謝を形にして伝える文化そのものは、とても美しいものだと思います。
ただその一方で、「ちゃんと返さなければいけない」という空気が強くなり、そこに負担を感じる人が増えていったのも事実です。
“贈りたいから贈る”より、“返さなきゃいけないから返す”へ。
いつしか内祝いは、“気持ち”より“マナー”が先に来る文化になっていったのかもしれません。
だからこそ今の「内祝い文化」を考える上では、まず“もともとは返礼ではなかった”という原点を知ることが、大切なのだと思います。
2.「内祝い不要論」はなぜ広がった?
もともとは“幸せのお裾分け”だったはずの内祝い。
それなのに最近は、「お返しはいらないよ」「内祝いって正直負担なんだよね……」という声を聞く機会がかなり増えました。
なぜ、祝福の文化は、こんなにも“気疲れ”を伴うものになってしまったのでしょうか。
筆者は、その背景には大きく5つの変化があると感じています。
2-1.金銭的負担|お祝いなのに、結局お金が減る
まず大きいのが、「お金の問題」です。
今の内祝い文化では、「いただいた額の1/3〜半額程度を返す」という“半返し”が暗黙のマナーとして広く浸透しています。
ただ、この文化に対しては、
「3万円もらって、1〜1.5万円返すなら、最初からそこまで大きなお祝いじゃなくてもいいのでは……?」
「5000円のお祝いを贈ったけど、内祝いがなくてちょっとモヤモヤした」
など、贈る側・受け取る側の両方から、さまざまな本音が聞こえてきます。
もちろん、お祝いを贈ること自体は、とても温かい文化です。
「新生活を応援したい」
「出産後の生活に役立ててほしい」
そんな気持ちで、ギフトやお金を贈っている人がほとんどでしょう。
でもその一方で、近年は物価上昇や将来不安もあり、“せっかくいただいたお祝いを、また返礼に充てること”に複雑な気持ちを抱く人も増えました。
感謝を返したい。
でも、自分たちの生活にも余裕があるわけじゃない。
その間で揺れる人が増えたことも、「内祝い不要論」が広がる理由のひとつなのかもしれません。
2-2.精神的負担|「何を贈れば正解?」が難しすぎる
現代のギフト選びって、昔よりかなり難しくなっています。
理由のひとつが、「多様化」です。
SNSやネットが普及したことで、人それぞれの価値観や好みが見えやすくなりました。
- 食の好み。
- 暮らし方。
- 持ち物へのこだわり。
相手のことを知れるようになった反面、「ちゃんと相手に合うものを選ばなきゃ」というプレッシャーも強くなっています。
しかも今は、選択肢そのものが多すぎます。
百貨店、通販、カタログギフト、体験型ギフト、SNSで話題の商品……。
選べる自由は増えたのに、“選びきれない苦しさ”も生まれてしまいました。
さらに、現代特有なのが“マナー疲れ”。
SNSでは、「この内祝いは失礼」「センスがない」「金額が少ない」といった投稿が拡散されることも珍しくありません。
マナー情報も増えすぎて、もはや、
「これって内祝い必要だっけ?」
「どこまで返すのが正解?」
と、混乱している人も多い気がします。
本来は感謝を伝えるための行為なのに、“減点されないための行動”になってしまう。
その息苦しさも、内祝い文化を重く感じさせる理由のひとつなのでしょう。
2-3.出産内祝い問題|産後1ヵ月のタスクとして重すぎる
特に負担として語られやすいのが、「出産内祝い」です。
一般的に、出産内祝いを贈る時期の目安は、生後1ヵ月ごろ。ちょうどお宮参りの時期とも重なります。
でも、実際の産後1ヵ月って、本当に大変です。
出産を経験した筆者自身も、「寒いし、生活リズムも整わないし、お宮参りはちょっと後回しにしよう……」と思ったくらい、毎日をこなすだけで精一杯でした。
- 数時間おきの授乳
- 慢性的な寝不足
- 慣れない育児
- まだ回復しきっていない身体
そんな中で、
- いただいた金額を整理して
- 住所を確認して
- 一人ひとりの顔を思い浮かべながら
- ギフトを選んで
- 手配して……
という作業をするのは、正直かなり重たい。
しかも、人とのつながりが多い人ほど、その負担は増えていきます。
ときには、親づたいで顔も知らない人からお祝いをいただくこともあります。
本来は「おめでとう」の気持ちから始まったはずなのに、いつしか“産後の大型タスク”になってしまっている。
そこに違和感を覚える人が増えているのも、自然な流れなのかもしれません。
だからこそ個人的には、「産後1ヵ月以内」という空気感より、
“2〜3ヵ月以内を目安に、落ち着いたタイミングで感謝を返せば十分”
くらいの方が、今の時代には合っている気がしています。
2-4.デジタル時代とのズレ|“みんな同じ返礼”が合わなくなった
今は、人間関係そのものがかなり変化しています。
昔は、家族、親族、近所、職場など、比較的わかりやすいコミュニティの中で人間関係が完結していました。
でも今は、SNSやオンラインコミュニティの発達によって、“近すぎず遠すぎない関係”がどんどん増えています。
たとえば、
- 趣味コミュニティで知り合った人
- 習い事の先生
- SNSで交流のある相手
- 行きつけのお店で仲良くなった人
など。
そうなると、「みんなに同じような内祝いを返す」という昔ながらのスタイルに、少しずつ違和感が出てきます。
関係性によって距離感は違うのに、マナーだけは一律。
そのズレが、現代の内祝い文化を難しくしているのかもしれません。
2-5.“善意の押し付け”問題|「相手に負担をかけたくない」
最近は、「そもそも、相手に負担が生まれる贈り物って、本当に親切なんだろうか?」と考える人も増えています。
たとえば、
- お返しを考えさせてしまう
- 気を遣わせてしまう
- 相手の時間を使わせてしまう
それなら、「贈らないほうが優しさでは?」と感じる人もいる。
実際、「お返し不要です」と最初に伝える人もかなり増えました。
もちろん、その言葉の裏には、
「純粋に祝いたいだけだから、気を遣わないでほしい」
という優しさがあります。
ただ一方で、“お返し不要”という言葉そのものが、逆に相手を悩ませることもあります。
「本当に返さなくていいのかな?」
「何もしないのは失礼じゃないかな?」
そう感じてしまう人も少なくありません。
つまり今は、“何を贈るか”以上に、「どうすれば相手に負担をかけずに気持ちを伝えられるか」を模索する時代になっているのかもしれません。
内祝い不要論の背景にあるのは、単なる“マナー離れ”ではなく、人間関係や価値観、暮らし方そのものの変化なのです。
3.令和時代の『内祝い2.0』をギフトコンシェルジュが考える
では、これからの時代、内祝いはどんな形に変わっていけば、もっと気持ちよく祝福を贈り合えるのでしょうか。
筆者は、内祝い文化そのものをなくしたいとは思っていません。
日本の贈答文化には、相手を思いやる繊細さがあります。「ありがとう」をちゃんと形にしようとする感覚も、とても美しい文化だと思っています。
それはきっと、日本が世界に誇れるもののひとつです。
ただその一方で、“形式を守ること”が目的になりすぎると、人を疲れさせてしまう。
だから今必要なのは、「内祝いをやめること」ではなく、“今の暮らしに合う形へアップデートすること”なのではないでしょうか。
そんな視点で、筆者なりに「内祝い2.0」を考えてみました。
3-1.半返しを絶対視しない|「金額」より「気持ち」が循環する文化へ
まず見直したいのが、“半返し”の絶対視です。
今は、「いただいた額の1/3〜半額程度を返す」という考え方が、ほぼ常識のようになっています。
もちろん、ある程度の目安があること自体は合理的です。
でも、本当に大切なのは、“いくら返したか”より、“ちゃんと感謝が循環しているか”ではないでしょうか。
個人的には、受け取った額の「1/3程度」をひとつの目安にしつつ、1万円以下のお祝いなら、“必ずしも返礼品は必要ない”くらいの空気感でも良い気がしています。
たとえば、
- 1万円以下なら、丁寧なお礼メッセージを中心にする
- 1万円以上でも、返礼品は無理のない範囲にする
- 高額なお祝いの場合は、関係性に応じて柔軟に考える
くらいの“ゆるやかな基準”の方が、今の時代には合っている気がします。
「金額の均衡」より、「ありがとうがちゃんと伝わること」。
その感覚を、もう少し大事にしてもいいのかもしれません。
3-2.一律返礼をやめる|“ちゃんと感謝を伝える”を優先する
今の内祝い文化って、「全員に同じ温度感で返さなきゃいけない」という空気が、少し強すぎる気もしています。
でも本来、人間関係ってもっとグラデーションのあるものです。
親友。
親族。
職場の同僚。
昔お世話になった先生。
SNSでつながっている知人。
関係性が違えば、感謝の伝え方が変わるのは自然なこと。
それなのに、「全員に同じように返さなきゃ」と考えすぎると、かえって内祝いのハードルが上がってしまいます。
大切なのは、“同じ金額を返すこと”ではなく、“相手にちゃんと感謝が伝わること”。
たとえば、
- 目上の人や高額なお祝いには、丁寧に返礼品を贈る
- カジュアルなお祝いには、メッセージを中心に感謝を伝える
- 遠方の相手には、eギフトなど負担の少ない方法を選ぶ
など、関係性や状況によって柔軟に変えても良いはずです。
“絶対に失礼がないように”ではなく、“無理なく感謝を循環させる”。
そのくらいの温度感の方が、文化として長続きする気がしています。
3-3.LINEや手紙をもっと価値化する|“心遣い”は、金額だけでは測れない
物があふれている今の時代、「高価なもの=価値があるもの」と感じやすくなっています。
でも実際は、高いギフトより、「自分のために言葉を選んでくれたこと」の方が嬉しい場面って、意外と多い。
たとえば、
- 手書きのメッセージ
- 写真付きのお礼
- LINEでの近況報告
- 赤ちゃんの成長がわかる一言
そんな素朴なやり取りに、心を動かされる人も少なくありません。
特に出産祝いの場合、「赤ちゃんの写真付きメッセージだけで十分嬉しい」という声も、本当によく聞きます。
最近では、スマホの写真をリアルタイムで共有できるデジタルフォトフレームなどもあり、“近況を届けること”自体がギフトになる時代になってきました。
本来、内祝いの本質は、“感謝を伝えること”。
だとしたら、もっと「言葉」や「コミュニケーション」そのものにも価値を置いていいのではないでしょうか。
3-4.“返さない優しさ”もある|気遣いに、気遣いで返さなくていい
最近は、「お返し不要だから、本当に気を遣わないでね」と前置きしてお祝いを渡す人も増えました。
これは、“返礼まで含めて相手に負担をかけたくない”という、現代らしい優しさなのだと思います。
実際、
「本当に返さなくていいつもりだったのに、逆に気を遣わせてしまった」
という話も、以前よりよく聞くようになりました。
もちろん、“何も返さない”ことに抵抗感がある人も多いと思います。
筆者自身も、「本当に甘えていいのかな」と迷ってしまうことがあります。
でも、本当に大変な時期には、“無理をしないこと”も大切です。
特に産後や、環境が大きく変わったタイミングでは、「今はちゃんと休んでほしい」と思ってお祝いを贈っている人も少なくありません。
だからこそ、「返させない配慮」をしてくれている相手には、その優しさを受け取ることも、ひとつのコミュニケーションなのだと思います。
その代わり、
- 落ち着いた頃に改めて感謝を伝える
- 自宅に招いておもてなしする
- 近況を報告する
など、“長いスパンで感謝を返す”形があってもいい。
きっちりその場で返礼を完結させなくても、関係性の中で「ありがとう」が循環していれば、それで十分なのかもしれません。
3-5.「祝わせてくれてありがとう」文化へ
内祝いについて考えていると、筆者は時々、「そもそも、お祝いって誰のためのものなんだろう」と感じます。
もちろん、祝われる人のためでもあります。
でも同時に、“祝う側の喜び”でもあるはずです。
結婚。
出産。
新生活。
大切な人の人生の節目に関われることを、嬉しいと思う人は多い。
だから本来、お祝いって、「負担を発生させる行為」ではなく、“幸せを共有させてもらう行為”だったのではないでしょうか。
「祝わせてくれてありがとう」
そんな感覚がもっと広がれば、内祝いは“義務”ではなく、もっと自由で温かいコミュニケーションに変わっていく気がします。
きっちり半分返すことより、ちゃんと喜ぶこと。
形式を守ることより、感謝を伝えること。
“返さなきゃ”ではなく、“ありがとうを循環させる”。
それが、令和時代の「内祝い2.0」なのかもしれません。
4.こんな内祝いギフトが欲しい
ここまで、「内祝い文化のアップデート」について考えてきました。
でも実は、変わるべきなのは価値観だけではありません。
“商品やサービスそのもの”も、もっと今の暮らしに合った形へ進化できる余地があると、ギフトコンシェルジュとして強く感じています。
特にこれからは、「高価で立派なもの」より、“相手に負担をかけず、ちゃんと気持ちが伝わるもの”が求められていくはずです。
そんな視点で、筆者が「もっと増えてほしい」と感じている内祝いギフトやサービスを挙げてみます。
4-1.“ポストに届く”内祝いギフト
まず可能性を感じているのが、「ポスト投函型ギフト」です。
最近は、日本茶や紅茶、ドリップコーヒーなどを中心に、郵送しやすい小型ギフトも増えてきました。
でも個人的には、まだまだ伸びしろがあるジャンルだと思っています。
たとえば、
- ドリップコーヒー
- ティーバッグ
- 小さなお菓子
- ハンカチ
- 入浴剤
- フェイスパック
- ハンドクリーム
- 調味料のミニセット
など。
“封筒サイズで贈れる、ちょっと上質なもの”。
これだけでも、かなり需要がある気がしています。
特に出産内祝いって、「寝不足の中で配送手続きをする」という行為そのものが、かなり大変なんですよね。
だから、
- 梱包やのしが一律で選ばなくてもいい
- 住所入力だけで送れる
- 不在対応が不要
- 配送料も抑えられる
という設計は、これからのギフト文化においてかなり重要だと思うんです。
しかも受け取る側にとっても、
「不在票が入っていた……」
「受け取り日時を調整しなきゃ……」
みたいな負担がない。
“相手の時間を奪わない”という意味でも、ポスト投函型ギフトは、すごく現代的な優しさを持っている気がします。
4-2.写真付きメッセージカードサービス
個人的にもっと普及してほしいのが、「写真付きメッセージカード」です。
特に出産内祝いでは、赤ちゃんの写真や名前、ちょっとした近況報告が添えられているだけで、“ありがとう”の温度ってかなり変わります。
むしろ人によっては、高価なギフトより、
「こんなに大きくなったんだね」
「元気そうで安心したよ」
と感じられる写真付きメッセージの方が、ずっと嬉しいこともあるはずです。
だからこそ今後は、
- スマホだけで簡単に作れる
- テンプレ感が強すぎない
- デザインが豊富
- 小さなギフトにも添えやすい
- LINEギフトやeギフトとも連携できる
みたいな、“気軽なのに、ちゃんと心が伝わる”サービスがもっと増えてほしい。
特に、「既存の商品を“ライトな出産内祝い”として成立させられる」という点はかなり大きいと思っています。
今ある商品に、“写真付きメッセージ”という体験を加えるだけで、「ちゃんと感謝が伝わるギフト」に変わる可能性があるからです。
4-3.“お返し不要”前提で設計されたギフト
これからもっと増えていきそうだな、と感じているのが、「返礼不要前提」のギフトです。
たとえば、
- 「お返し不要です」と書かれたカード付き
- 1000〜3000円程度のライトギフト
- 気軽に受け取れる消耗品
- 配送負担まで考えられたサイズ設計
など。
今も、「お返しはいらないよ」と口頭で伝える人はいます。
でも、それが“商品設計”まで落とし込まれているケースは、まだそこまで多くありません。
でも本来、「気軽に祝える」って、すごく良い文化だと思うんです。
高額じゃなくてもいい。
豪華じゃなくてもいい。
「あなたのことをちゃんと祝福したい」
その気持ちが、相手の負担にならずに届く。
そんなギフトは、これからもっと求められていく気がしています。
4-4.“選ばせる”より、“気持ちを届ける”カタログギフト
内祝いの定番といえば、やっぱりカタログギフト。
便利なのは間違いないのですが、一方で、
「選ぶのが面倒」
「結局期限切れになった」
「商品数が多すぎて疲れる」
という声も、実はかなり聞きます。
だからこれからは、“選択肢の多さ”より、“気持ちが伝わる体験”の方が重要になる気がしています。
たとえば、
- 3つだけ厳選されたギフト
- “あなたを思って選びました”感のある提案
- 小さなストーリー付きギフト
- 贈り手のコメントを添えられる仕組み
など。
単なる「選べる便利さ」ではなく、“感情が見えるギフト”。
そんな方向に進化したら、カタログギフトはもっと面白くなる気がしています。
4-5.“返礼”ではなく、“関係を続ける”ギフト
個人的には、これからの内祝いって、“その場で完結する返礼”から、“関係をゆるやかに続けるコミュニケーション”へ変わっていく気もしています。
たとえば、
- 数ヶ月後に届く季節の便り
- 子どもの成長を共有できるサービス
- 一緒に使えるペア体験
- 「また会おうね」に繋がるギフト
など。
“返したら終わり”ではなく、“関係が続いていく”。
そんな内祝いの方が、本来の「幸せのお裾分け」という文化には近いのかもしれません。
内祝いって、本当は「失礼がないように返すもの」ではなく、“ありがとう”を通じて、人とのつながりを温め直す文化だったはずだからです。
5.内祝い文化を“負担”ではなく“祝福”へ戻すために
ここまで、「内祝いの起源」と「不要論が広がった背景」、そして「令和時代の“内祝い2.0”」について考えてきました。
改めて感じるのは、内祝い文化そのものが悪いわけではない、ということです。
日本の贈答文化には、相手を思いやる繊細さがあります。
「ありがとう」を言葉だけで終わらせず、ちゃんと形にして返そうとすること。
相手との関係性を大切にしようとすること。
誰かの幸せを、自分のことのように喜ぼうとすること。
それ自体は、とても美しくて、世界に誇れる文化だと筆者は思っています。
ただその一方で、時代は大きく変わりました。
家族のあり方。
人とのつながり方。
働き方。
経済状況。
そして、“幸せ”の形そのものも。
昔は自然に回っていた文化でも、今の暮らしの中では、同じやり方を続けるのが難しくなっている部分があります。
だからこそ、
「返さなきゃ」
「失礼がないようにしなきゃ」
「ちゃんと半分返さなきゃ」
という“義務感”ばかりが大きくなると、本来そこにあったはずの祝福や喜びが、少しずつ見えなくなってしまう。
本当は、お祝いってもっと自由なものだったはずです。
「嬉しいね」
「よかったね」
「応援してるよ」
そんな気持ちを、少しだけ形にする行為。
そして内祝いもまた、“マナーを完璧にこなすこと”ではなく、「ありがとう」を伝えるためのコミュニケーションだったのではないでしょうか。
- 高価なものを返せなくてもいい。
- 完璧なタイミングで送れなくてもいい。
- 形式通りじゃなくてもいい。
相手を思い浮かべながら、「ありがとう」を伝えようとした。
本来いちばん大切なのは、その気持ちそのもののはずです。
また、これからは“贈る側の意識”も、少しずつ変わっていくのかもしれません。
「返してもらう前提で贈らない」
「相手に負担をかけない形で祝う」
「祝わせてもらったこと自体を嬉しいと思う」
そんな感覚がもっと広がれば、内祝い文化は、“義務”ではなく、“人をやさしくつなぐコミュニケーション”として、もう一度息を吹き返していく気がしています。
文化は、時代とともに変わっていくものです。
だからこそ、「昔からこうだから」に縛られるのではなく、“今を生きる人たちが心地よく続けられる形”を探していくことが、これからの贈答文化には必要なのではないでしょうか。
「半返しを守れたか」ではなく、
「ちゃんと祝福できたか」
「ちゃんと感謝を伝えられたか」
その原点に戻れたとき、内祝いはもう一度、“幸せのお裾分け”として、人を温かくつなぐ文化になっていくのだと思います。
とはいえ、長年続いてきた慣習を、急に変えるのは簡単ではありません。
だからこそ、白黒はっきり決めるのではなく、「自分たちにとって心地よい形ってなんだろう?」を、少しずつ考えていけたらいい。
先人たちが残してくれた“人を思いやる文化”を、今の時代に合う形へやわらかくアップデートしながら、次の世代へつないでいけたら素敵だなと思います。
参考・引用元


