
[ この記事を書いた人 ]河野ひろこ/ギフトコンシェルジュ
看護師時代に培ったホスピタリティを活かし「人となり」を想像したプレゼントの見立てを得意とする。ギフトコンサルタントとして贈り物にまつわる悩みに寄りそい、新しい時代のギフト文化を研究。二児の子育てに奮闘しながら、ショップ巡りが10年来のライフワーク。
ギフトの仕事をしていると、「センス」という言葉によく出会います。
「センスのいいギフトを教えてください」
「この贈り物、センスがいいですね」
褒め言葉として何気なく使っているけれど、では、その“センス”とは一体何なのでしょう。
流行しているものを知っていること?
高価なものを選べること?
色や形を美しく組み合わせられること?
もちろん、それらもセンスの一部かもしれません。
けれど、ギフトにおけるセンスは、もっと曖昧で、もっと人間的なもののように感じます。
私が思うセンスとは、その人なりの感性を通して、「相手にとって心地よい景色」を想像し、形にすることです。
「私はこれが好きだから、あなたもきっと好きでしょう」と押しつけるのではなく、相手との距離や暮らし、好みを想像しながら、ちょうどよいものを差し出す。
そこには、派手さよりも、押しつけがましさのない心地よさがあります。
では、そんなセンスは、どのように養われるのでしょうか。
センスは、生まれつきの才能なのか
長年ユニフォーム事業に携わってきた方に、「センスはどうやって養われると思いますか」と尋ねたことがあります。
その方は、生まれ育った環境の影響に加えて、「いいものを体験し、知る機会が必要」だと話してくれました。
食事であれば、毎日高級店へ通う必要はなくても、「こういう味があるのか」と知ること。洋服や建築、ホテルのサービスも同じです。
知らないものを、想像だけでつくることは難しい。
だからこそ、実際に見て、触れて、食べて、泊まって、サービスを受ける。そうした経験の積み重ねが、自分の中の基準や感覚を育てていくのだと言います。
この話を聞いて、取材を始めた頃の自分を思い出しました。
当時は「おしゃれだな」「人気なんだな」という、わかりやすい部分に目が向きがちでした。
でも、高価なものも手頃なものも見て、ブランドの方から話を聞くうちに、「なぜこの素材なのか」「なぜこの形なのか」という背景にも目が向くようになりました。
すると、同じジャンルの商品でも、見え方がまったく変わります。
たとえば、同じ「ボディクリーム」でも、著名な調香師が香りを手がけたもの、オーガニック素材にこだわったもの、人気キャラクターとのコラボレーションを楽しむものでは、それぞれ魅力の“軸”が違います。
当然、思い浮かぶ贈り相手も変わってきます。
香りが好きな友人なら前者。素材を気にする人なら後者。キャラクターが大好きな人ならコラボ商品。
「どれが一番いいか」ではなく、「この人には、どれが合うだろう」と考えられるようになるのです。
そう考えると、センスとは“正解を知っていること”ではなく、まずは“自分の中に比較できる景色を増やすこと”なのかもしれません。
ひとつしか知らなければ、それが心地よいのか、不便なのか、ありふれているのかも判断できません。
いくつもの味、素材、空間、人の振る舞いに触れる。
そうして初めて、「私はこれを美しいと思う」「この人にはこちらが合いそうだ」という、自分なりの基準が少しずつ育っていくのでしょう。
表から見るか、裏から見るか
先ほどのユニフォーム企業の方のお話で、もう一つ印象的だった言葉があります。
「裏口から入れば業者、表から入れば客。見せてくる顔が違う。」
ホテルにユニフォームを納める立場なら、裏口から入り、働く人の動きや作業性を見る。
でも、正面玄関から一人の客として入り、実際に一泊してみると、空間の心地よさや接客、そこで過ごす人の気持ちまで見えてくる。
同じ場所なのに、立つ場所が変われば、見える景色も変わるのです。
これは、ギフトにも通じる話だと思います。
商品をつくる側には「つくる人の視点」があり、購入するときには「贈る人の視点」がある。そして、その先には「受け取る人の視点」があります。
贈る側から見れば、人気、デザイン、予算などが商品を選ぶ大きな基準になるでしょう。
でも、受け取る側に立ってみると、見えている景色は少し違います。
箱を開けるときのわくわく。実際の使い心地。使った後に残る気持ち。
そうした体験が心地よいものほど、使うたびに少しずつ愛着が湧いてきます。
疲れて帰った夜に、もらったお茶を淹れる。
久しぶりに家族でお菓子を囲む。
出先でハンカチを使って、ふと贈ってくれた人を思い出す。
そんな“受け取った後の風景”まで想像できたとき、商品は初めて、その人のための“贈り物”になるのではないでしょうか。
ギフトコンシェルジュとしてブランドを取材してきた中で、もうひとつ感じていることがあります。
「センスがいい」と感じるブランドほど、不思議なくらい派手なことをしていません。
流行を追いかけることより、
「この素材の魅力を生かすには、どうしたらいいだろう」
「実際に使う人は、どう感じるだろう」
そんな小さな問いを、一つひとつ積み重ねています。
華やかなデザインだけではなく、使う人への想像力。
見えないところまで手を抜かない姿勢。
その積み重ねが、結果として「なんだか心地いい」「センスがいい」という印象につながっているのだと感じます。
そして贈る側も、その背景を知ることで、商品の見え方が変わります。
「素敵だから欲しい」だけではなく、「この想いごと、あの人に届けたい」。
そこまで思えたとき、ものの背景にある物語もまた、ギフトの一部になるのかもしれません。
“景色を思い出せるもの”も、贈り物になる
もうひとつ、子どもの夏休みを通して考えたことがあります。
川遊び。
花火大会。
なんてことのない日の、夕暮れの散歩。
そんな夏の時間を過ごしているうちに、「昔の景色を思い出させてくれるものも、いいギフトなのでは?」と思うようになりました。
仕事や育児に追われていると、季節の小さな変化にも気づかないまま、毎日が過ぎていきます。
そんなとき、花火をモチーフにした和菓子や、ミルキーなアイス、よく熟れた桃をもらったら。
「この味、好きだったな」
「あそこに連れて行ってもらったな」
「小さい頃は苦手だったのに、いつから好きになったんだろう」
味や香りをきっかけに、忘れていた景色がふっと戻ってくることがあります。
自分や家族、友達、かつて親しかった人。
今の自分をつくってきた人たちとの時間を思い出す。
贈ったのはひとつのお菓子や果物でも、受け取った人の中には、それ以上のものが残ることがあります。
もちろん、こうした贈り物を一般的に「センスがいい」と呼ぶかはわかりません。
でも、相手の記憶や好きだった景色まで想像して、「これを見たら、あの人は何を思い出すだろう」と選べたなら。
それもまた、ギフトにおける“センス”のひとつなのではないかと思います。
センスとは、模索し続ける姿勢
センスにも、いい仕事にも、決まった答えはありません。
流行も、人の価値観も、暮らし方も変わります。
昨日まで喜ばれたものが、今日も同じように選ばれるとは限りません。
だからこそ、見て、体験して、考えて、また見直す。
ものを選ぶ人も、つくる人も、その先にいる人や、使われる場面を想像し続ける必要があるのだと思います。
ギフトにおけるセンスとは、ひらめきや生まれつきの才能だけではありません。
多くの景色に触れた経験。
自分とは違う立場から見る想像力。
そして、「これは本当に相手にとって心地よいだろうか」と立ち止まる姿勢。
その積み重ねから、少しずつ育っていくものなのだと思います。
相手のことを考えた跡が、押しつけがましくなく、さりげなく伝わること。
そして受け取った人が、「私のことを考えてくれたんだな」と、少し嬉しくなること。
もしかすると、センスの正体は、“自分の感性を披露する力”ではなく、“相手の景色を想像する力”なのかもしれません。
「センスがいいですね。」
もし今度そんな言葉をかけられたら、それは単に、「おしゃれなものを選びましたね」という意味ではないのかもしれません。
相手の暮らしや好み、その先にある時間まで想像して、「これなら喜んでくれるかな」と選んだこと。
その“考えた跡”を、私たちは「センスがいい」と感じているのかもしれません。
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