暑い夏が終わり、街歩きにうってつけのシーズンが到来しました。
涼しくなると一気に増してくるのは、そう、食欲です! サンマやきのこ、お芋の類に、たくさんのフルーツ…。秋の旬の波に乗り、そのまま冬の根菜や牡蠣、お鍋にみかん! 興奮冷めやらぬ食への欲求を満たす、うってつけの散歩に出かけてみましょう。

街歩きの舞台は都内北部、北区十条です。古くより王子から埼玉方面へと抜ける旧岩槻街道沿いに位置し、大きな集落があったこの地域。明治・大正・昭和と時代を経て、早い段階からベッドタウンとして都内屈指の市街地となりました。現在も、住宅がひしめく間を縫うように狭い路地が張り巡らされて、古き良き日本の面影を随所に見ることができます。
そんな十条周辺に住まう人々のため、実に11もの商店街つくられ、今日に至るまで住民の日々の生活を支えています。地域密着型の商店街の安くておいしい総菜から、手土産にぴったりのスイーツまで、いくつかの商店街を渡り歩きながら、下町の情緒と食欲の秋を満喫していきます。

今回はJR埼京線十条駅から散策スタート。明治43年に駅が設置され、当初は埼京線の駅ではなく山手線の駅だっただそう。

早い時期に駅が設けられたのは周辺に多くの日本軍の軍事施設が設置されたためです。
明治時代、欧米列強に追いつくための国力増強の一環として、石神井川の推力を動力源として火薬の製造を行うようになりました。石神井川に近い板橋駅から赤羽駅周辺にかけ火薬製造工場と多くの関連施設が置かれ、軍関係者と彼らに向けて商売をする人々が集まり、彼らの足として駅が開設、軍事都市が形成されたのです。
火薬工場だった場所の一部は現在、陸上自衛隊の十条駐屯地になっています。歴史を感じるレンガ塀は、明治当時の工場に使用されていたもの。駐屯地の隣にある区立中学校にも類似の痕跡がありますので、探してみて下さい。
① 東京家政大学

軍関連施設の跡地には学校も作られました。そのなかの一つが東京家政大学。東京大空襲により以前の校舎が焼失しており、戦後火薬工場跡地に新校舎を建造しました。
こちらの大学の構内には博物館があります。通常時は一般公開されており、歴史的に貴重な資料がみられる隠れたスポットです。展示内容は家政大学らしい裁縫に関するものが中心で、制服をミニチュアサイズで仕立てた裁縫雛形は必見。現在は残念ながらコロナの影響で、展示を鑑賞できるのは学校関係者のみとのこと。一般公開が再開された暁には改めて訪れたいと思います。
さて、十条の歴史に触れた後は商店街を散歩していこうと思います。
② 蒲田屋(かまたや)

東京家政大から北上し、まずは十条仲通り商店街にあるおにぎり専門店の蒲田屋を訪れました。黄色い看板に描かれたフォントとおにぎりが実にレトロで味があります。

店のショーケースにはおにぎりがずらり。明太子やおかかなどのオーソドックスな具からカツやコロッケなど変わり種までとにかく種類豊富。おにぎりってありふれた食べ物ですがやっぱり日本人のソウルフードですよね。どれも美味しそうで迷いに迷い、「毎日通いたい」とつぶやいたら隣のお客さんに笑われました。

メディアで多く取り上げられていることもあり、店先には常に人だかりができています。朝は6時半から営業しているので、出勤前に立ち寄ることができる貴重なお店。人気のある具の多くは午後になると品切れになってしまうので、ぜひ午前中に訪れて下さいね。

唐揚げとおかかをお持ち帰り。コシヒカリを使用したお米は時間が経っても硬くならず、ふんわりと柔らかく口の中でほどけます。美味しく頂きました。
③ Bonnel Cafe(ボンヌ カフェ)

蒲田屋から十条駅方面へまっすぐ歩くと店頭にアイスの棒が刺さったコロンとした気になるものが並ぶお店がありました。チョコレートを使用したスイーツを中心に取り扱う「ボンヌカフェ」の目玉商品、ホットスティックチョコレートです。
温かいミルクに溶かしながら食べるチョコレートで、ホットチョコレートのもったりした甘さと温かいミルクが寒い季節にぴったりのスイーツです。数種類のフレーバーがあり一つ一つ個包装されているので冬場の、特に女性へのギフトとしてオススメ。
店内には2階があり、イートインも可能。スイーツの他カレーも提供されています。
④ バナナんバナナ

ボンヌカフェのお隣にも気になる登りが立っています。バナナジュースという言葉に食指が伸びます。バナナんバナナは板橋駅前の本店から暖簾を分け、2021年6月24日オープンしたばかりのテイクアウト専門店です。渇いた喉が甘くて冷たいものを欲していたので、迷わずオーダーしました。

いただきます! ジュースというよりはとろりとしたスムージーという印象です。すっきりとした甘さですが、後味にバナナの仄かな甘みが余韻として残ります。飲みごたえがあり、Sサイズで小腹が満たされました。
渇いた喉と空っぽの胃に勢いよくバナナジュースを流し込み、意気揚々と散歩再開です。十条仲通商店街はバナナんバナナのすぐ先で、十条周辺の商店街の中で最大規模の十条銀座商店街と交差します。

十条銀座商店街は昭和13年から商店街として組合が組織され、現在でも200店舗近くの商店が軒を連ねます。過去には高円寺で行われているような阿波踊りが催されていました。現在でも多くの周辺住民が行き交い、都内でも有数の活気のある地元の商店街として親しまれています。
⑤ 鳥大(とりだい)

十条銀座商店街といえば、やはりお手頃で種類豊富な惣菜の数々。中でも鳥大は人気店で常に行列ができています。名前の通り鶏肉の専門店です。
鮮度にこだわった鶏肉を使用し、揚げ物を中心とした総菜を販売しています。看板商品は「チキンボール」、なんと税抜き10円です! むね肉と鶏皮、おからを混ぜて揚げた一口大のメンチカツのようなもの。手軽な値段と軽い食べ心地で子供たちのおやつとしても人気があります。他にも焼き鳥やステーキ、たたきなど鶏尽くしでどれもお手頃なので、ぜひ寄っておきたいお店です。

鳥大の他にもたくさんのお惣菜のお店があり、目移りしてしまいます。

レストランも昼間は惣菜を店先で販売。ジャンルも多種多様です。

昔ながらのお菓子屋さんがあるのも、歴史ある商店街ならでは。贈答用の詰め合わせから自宅用の徳用パックまで、何かと重宝するお店が近くにあるといいですよね。
⑥ キミとホイップ

商店街北側に、大手のマルハンダイニングが手掛けるカステラ専門店がありました。都内にも4店舗を展開する卵とメレンゲにこだわった「純生カステラ」だそう。「純生」って何? ということで一つ購入してみることにしました。

味はプレーンと抹茶とコーヒーの3種類がありました。初めて食べるので、まずはプレーンを購入してみました。お土産に喜ばれそうなポップで可愛らしいパッケージです。

生地にナイフを入れた瞬間にふわふわの感触が伝わり、甘い匂いとが食欲を掻き立てます。食べてみると案の定ふわふわで、普通のカステラよりずっと軽い食べ心地です。バニラと卵の風味がなんとも優しく癒されます。
ハーフサイズとフルサイズの2サイズ展開で、フルサイズは4人家族でも十分な量。レンジで温めたりトースターで焼くことによって食感が変わるようなので、翌日にかけて楽しむのも良さそうです。

十条銀座商店街の最北まで来ると、そのまま十条富士見銀座商店街へと繋がります。戦後の闇市に始まり昭和33年に現在の名前が付けられてから、まさに地域に根差した商店街として今日まで続いてきました。味噌屋や豆腐屋、佃煮屋など日ごろの生活をより豊かにするこだわりの専門店が出店しています。
⑦ 明かり富士

十条富士見商店街の北端にインド、ネパール料理のお店「明かり富士」を見つけました。このお店、インターネットで見かけてぜひ行ってみたいと思っていたのです。
ただ発見したのはいいものの、店名にインドらしさが無いうえに表から中の様子が見えず、入店するのに少しドキドキしてしまいました。もちろん、中に入ると至って普通のお店ですよ。ちょうどお昼時で女性のお客さんが数組、楽しげなおしゃべりの声が店内に明るく響いていました。
今回このお店を訪れた目的はずばりチーズナン。筆者はチーズに目がなく、メニューの中にその3文字を見つけるといつもついつい頼んでしまいます。今回は事前にランチの画像をみて頼むと決めていました。
ということで迷わずチーズナンランチをオーダー。チーズナンと好きなカレーを2種、さらにそれぞれのカレーの辛さを5段階から選ぶことができます。

カレーにおちゃめな落書きが(女性の皆さんへのサービスです)。それはそうと、まずはさっそくお目当てのチーズナンを頂こうと思います。見えた目だけでもう美味しい…! 心が躍り出します。
かぶりつくと私の中のチーズナンの歴史が塗り替えられたました。アツアツのとろりと垂れるチーズは甘く、カレーをつけずそのままでもおいしいです。チーズが冷えて固まってしまう前に一気に食べてしまいましょう。
カレーはスパイシーながら甘め。アジアンフードならではの辛さがお好きな方はぜひ一番辛い「激辛」を挑戦してみてください。

ところで、十条・東十条周辺にはインド・ネパール・バングラディッシュなどの南アジア系のレストランやハラルフードのマーケットが多くあります。この地域には南アジア系、特にバングラディッシュから来た方のコミュニティがある地域なのだそう。同じ南アジア料理も国や地域で味やスタイルが微妙に異なるので、アジアン料理に絞って食べ歩きするのも面白そうですね。

満腹の腹ごなしに、東十条方面目指して移動します。来た道を十条銀座商店街の十条駅側の入り口付近まで戻り、わき道に入ります。すぐ左は十条駅のホーム、埼京線の踏切を渡ると十条中央商店街が見えてきました。

こちらの商店街付近は空襲による焼失を免れています。そのため商店街のメイン通りとしては道幅が狭く、まさに古き良き昭和の名残をみることができるレトロスポットです。こちらの商店街、別名を「演芸場通り」と言います。その由来は商店街のほぼ中央に位置する篠原演芸場です。
⑧ 篠原演芸場(しのはらえんげきじょう)

篠原演芸場は、1951年の開館と古い歴史を持つ大衆演劇専門の演芸場。全国各地の劇団が、月替わりで芝居や歌謡ショーを昼夜2部制で行っています。こちらも古き日本の娯楽シーンを見ることができるとあり、演劇ファンはもちろん海外からの観光客にも人気がありました。木戸銭も2千円弱と敷居も低く初心者にも楽しめます。
現在はコロナ感染対策のため席数を減らして公演中です。予約ができるのでご覧になる際は事前に演芸場までお問合せください。
演芸通りの終点には、富士山信仰を背景に築山された十条冨士神社がありました。今のように気軽に旅ができない時代、人々はこんもりと盛り上がった小山(実は古墳時代の古墳がベースになっています)に溶岩石を配し富士山に見立て、小山の山頂に上ることによって、都内にいながら富士山に登ったのと同じご利益が得られるとされています。毎年富士山の山開きに合わせてお祭りも催されていました。

現在は道路の拡張工事に合わせて小山は切り崩され、再区画した土地で再建工事をしています。文化財としての価値を損なわないようできるだけ復元していくということなので、今なお愛され信仰されていることを伺わせます。

頂上にあった石祠は道路脇に仮設置され、変わりゆく十条の風景を見守っておられます。

十条中央商店街をそのまま直進して坂をまっすぐ下ると、東十条の駅に到着です。昭和6年の開業当時の駅名は下十条駅でした。下十条とは今はもうない駅周辺の古い町名です。ちなみに上十条は町名として残っています。

駅の手前の橋からは、目下を複数の路線が行き交うのを眺めることができます。線路が多く並ぶ場所って郷愁を感じませんか? のどかな田舎に広がる一面の田んぼのように、馴染みがあるわけでなくてもどこか懐かしい。一本電車が来るたびに電車が来た!と子供のように純粋にわくわくしてしまいます。しばし電車の往来を楽しんで、街歩きを再開しました。
⑨ 黒松本舗 草月(くろまつほんぽ そうげつ)

東十条駅南口を通りすぎ、100mほどの坂を下ったところに和菓子屋の黒松本舗草月があります。こちらの名物は何といってもどら焼き「黒松」。前回の浅草街歩きで立ち寄った亀十に続く東京三大どら焼きの一つです。
有名芸能人が選ぶお持たせとしてたびたびメディアで取り上げられる、行列必至の人気店です。このお店も近くまで来た際は必ず寄る大好きなお店ですが、訪れた日は休業していました。残念。小ぶりのトラ柄の皮は、噛んだ瞬間ふわりと黒糖の風味が口の中に広がる美味な商品です。また次の機会に紹介できれば。
⑩ ひとつぶ珈琲

草月がお休みだったこと落胆していると、道路の向かい側に気になるお店を発見。吸い寄せられるように店内に入りました。中に入ると落ち着いた雰囲気の店内にコーヒーの良い香りが漂っています。
コーヒー豆のテイクアウト専門店ひとつぶ珈琲は、豆の特性から産地別に煎り度合いを変えたものを100g単位で挽いたものを購入可能です。また、淹れたてのコーヒーをテイクアウト購入することもできます。

ギフトや飲み比べに良さそうなドリップパックを数点購入しました。カフェインを除去したデカフェの商品もあるので、妊婦さんや授乳中のお母さんに向けたギフトとしてもピッタリです。
このドリップパック、市販のドリップパックより粉の量が多いんです。コーヒーカップ用の量しか入っていないドリップパックをマグカップに注いでコーヒーが薄くなる、という経験されたことのある方は多いと思いますが、こちらのドリップパックだとマグカップに十分な量が淹れられます。

先ほど購入したカステラのお供に中煎りのひとつぶブレンドを淹れました。すっきりした味わいでカステラの味を邪魔することなく大満足です。

ひとつぶ珈琲より北上するとすぐに東十条商店街に入ります。東十条と南北線の王子神谷駅との間約1キロの商店街に、160店舗ほどが軒を連ねています。現在でこそ十条銀座商店街より規模は小さいですが、商業組合の結成は十条銀座より一年早い昭和12年。空襲で一帯が焼失しましたが戦後見事に復興を遂げました。

昭和の匂いを運ぶ、現役の万国旗が良い感じ。
⑪ アドリア洋菓子店

十条銀座商店街の中央あたりに、上品な店構えの「アドリア」が見えてきました。創業1967年、地元で愛される老舗の洋菓子店で、フランスでも活躍される有名なパティスリーシェフのご実家でもあります。実はこちらのシュークリームのファンで、たびたびお店によって購入していました。

ショーケースには丁寧なつくりの綺麗なケーキが並びます。どれもとても美味しそう…。
迷いに迷って結局シュークリームをテイクアウトで頼みました。その場でシュー生地にクリームを詰めてくれるので、ショーケースを舐めるように見ながら待ちます。
8席ほどですがイートインスペースも有り、街歩きの休憩がてら選んだケーキで舌鼓を打つのも良いでしょう。

ブリオッシュに洋酒を浸したフランス菓子サバラン、今ではなかなか見かけない昔懐かしいケーキです。このお店では50年以上作り続けられている看板商品の一つ。今度来たときはこれも食べよう。

シュークリームはベーシックな見た目だけれど丸みが愛らしい。卵の味が分かる優しい甘さが飽きない味で、何度も食べたくなります。
⑫ 明壽庵(めいじゅあん)

東十銀座商店街の王子神谷側の一番端まで来るとひと際鮮やかな暖簾が出たお店があります。「和菓子のような歴史と繊細さ」をコンセプトにしたあん食パンを販売する明壽庵です。あん食パンとはこし餡をふんだんに練りこんだ食パンのこと。濃厚でもちもちとした触感が止まらなくなる一品です。
このお店は1889年創業のパン屋「明治堂」、1887年創業の久寿餅が有名な「石鍋商店」、1925年創業の「王子製餡所」の王子に根を張る老舗3店舗が共同で商品を製造しています。それぞれの得意分野を遺憾なく発揮した、新しい東十条の名物を誕生させました。
高級食パンは「自分ではなかなか買わないけれど、貰ったら嬉しい」と、お土産に持って行くとよく喜ばれます。切った後の断面も可愛らしくです。

お店では食パンの他に、食パンを使用して作られたフルーツサンドも売られています。こちらも綺麗に包装されておりフルーツの断面がとても綺麗。

ブドウとミックスのフルーツサンドを購入し、お店のベンチに腰掛け頂きました。
ブドウはプレーンの食パンにあんこを混ぜたホイップ、ミックスはあずきを練り込んだ食パンにマスカルポーネホイップでそれぞれフルーツを挟み込んでいます。パンの中のあんこはフルーツの甘みを邪魔しない程よい甘さ。どちらも食パンの耳を切らずに仕上げていますが、耳も柔らかくので美味しくいただけます。
程よくボリュームがあるので、食べ応えも十分です。ごちそうさまでした。
⑬ あおの森べーぐる

さて最後にもう一店舗、おすすめのお店をご紹介します。東十条銀座から徒歩3分程のところにある「あおの森べーぐるさん」。営業日が月・水・金の3日間ということもあり、散歩中にふらりと寄るというよりはこのお店目当てに訪れるお客さんが多いお店です。写真を見ると分かる通り、タイミングによってはかなりの列ができます。

ベーグルは、国産の小麦粉を使用し長時間の低温熟成を行ったうえで焼かれています。乳製品不使用、油脂不使用、卵不使用とアレルギーが気にも嬉しい製品で、説明を聞けば聞くほどこだわりが詰まっているのが分かりますね。

こちらのお店でもサンドを購入しました。どうですか? ベーグルサンドのこのボリュームとインパクト。ナッツバターのサンドはひとつひとつの木の実の味を感じることができる、とても高級なピーナッツバターのような味わいです。

こちらはシャインマスカットのサンド。クリームもチーズが効いたすっきりとした味わいで、もたれることなく食べられます。

裏側までシャインマスカットが美しく並んでいます。季節に合わせてサンドの中身も品ぞろえを変えるので、リピーターも多いです。長時間並ぶこともあるので、時間は余裕をもってお越し下さいませ。
おわりに

いかがでしたでしょうか? 十条の下町ならではの歴史とグルメを巡る街歩き。今回ご紹介したお店は、十条グルメのまだまだ入口。ジャンルや歩く地域を少し変えるだけで新しい出会いが必ずある、魅力あふれる商店街散歩にくり出してみてはいかがでしょう。
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