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おくりもの研究室

伝統工芸は、誰のために残すのか?「残したい」理由を、贈り物から考える

伝統工芸は、誰のために残すのか?「残したい」理由を、贈り物から考える

本記事は、ギフト関連各社の公開資料、贈答文化研究、民俗学的背景などを参考にしながら、当編集部の解釈を交えて構成しています。

「対策が20年遅かった」

その言葉を聞いたとき、もう“残すかどうか”を悠長に議論している段階ではないのかもしれないと思いました。

先日、工芸ソムリエ有資格者向けオンラインセミナー「工芸を届ける仕事 ― 流通・卸から考える、産地と市場のつなぎ方」に参加しました。

ゲストは株式会社玉川の玉川氏。工芸に関わる「売り手」の立場から、流通・卸の役割や、産地と市場をつなぐ仕事についてお話を伺いました。

資材や人材をめぐる状況は、私が想像していた以上に深刻でした。今は目にすることのできる工芸品も、材料や道具、その一部を担う人が失われれば、同じものを作れなくなるかもしれません。

「伝統工芸は残した方がいい」。私もそう思ってきました。けれど、なぜ残す必要があるのか、自分の言葉で説明できるだろうか。

伝統工芸は、誰のために残すのでしょう。作り手のため。未来のため。それだけではないように思うのです。

今ある工芸品が、これからも作れるとは限らない

伝統工芸の課題というと、職人の高齢化や後継者不足が思い浮かびます。しかし、作り手だけが残っても、ものづくりは続きません。

一つの工芸品の背景には、素材を育てる人、採取・加工する人、道具や部品を作る人などがいます。分業が成り立つほど緻密で繊細な仕事は、日本のものづくりの豊かさである一方、どこか一つが途切れるだけで、完成品まで作れなくなる危うさも抱えています。

山田平安堂を取材した際、4代目当主の山田さんは「明治から大正にかけて最盛期を迎えた漆器産業も、現在ではその7分の1程度の規模にまで落ち込んでいる」と話していました。国産漆が少なくなり、外国産の漆が増えていることも伺いました。

小宮商店や宮脇賣扇庵への取材でも、職人の高齢化が課題として挙げられ、各社が若手の育成に力を注いでいました。

原材料の不足も、すでに現実のものとなっています。たとえば伝統こけしには、木肌の白いミズキやイタヤカエデが好まれます。

しかし、林業の衰退などにより調達が難しくなり、別の樹種を使う例もあります。材料を替えれば、同じ技術で作っても意匠や風合いは変わります。

「似た材料で代用すればよい」とは簡単に言えません。素材の性質に合わせて磨かれてきた技法があり、素材と技術は切り離せないからです。

売れなくなった結果、作られなくなるだけではない。作りたくても、作れなくなる。大切なものが気づかないうちに静かに消えていくことに、私は寂しさと、「なぜもっと本気で守ろうとしなかったのか」という憤りを覚えました。

伝統を守るために、変えるものと変えないもの

セミナーで特に心に残ったのが、「作り手がどこに向かっているのか」という問いです。

作り手が自らの感性を突き詰めれば、その人にしか生み出せない表現が生まれます。「この人が作るものだから欲しい」というファンの存在は、工芸を支え、次の人へ広げる力になります。

一方、ギフトとして考えると、強い個性が贈りにくさにつながる場合もあります。贈り手の好みと、受け取る人が心地よく使えるものは、必ずしも一致しないからです。誰かへの贈り物として広く選ばれるには、作り手の個性から一歩引いた、暮らしになじむデザインも必要でしょう。

だからといって、売れ筋に合わせるだけでは、その工芸ならではの魅力が薄れてしまいます。守ることと変えることは、反対ではありません。何を核として残し、何を時代に合わせて変えるかを見極めることが大切なのだと思います。

能作の能作千春さんが「職人を憧れられる職業にすることも私たちの役目」と話していたことが印象に残っています。能作は、伝統的な鋳造技術を生かしながら錫のジュエリーブランドも展開し、それまで工芸に関心がなかった人にも素材との入り口を広げています。

用途やデザイン、届け方は変えてもよい。海外のデザイナーとの協業も、日本の工芸を世界に知ってもらう機会になります。一方で、できる限り守りたいのは、その土地と結びついた素材、基本となる製法、そして工芸や先人に対するリスペクトです。

伝統とは、昔の形をそのまま凍結することではなく、大切な核を見失わないまま、次の時代へ渡していくことなのかもしれません。

贈り物から、京扇子のファンになった

以前、妹の誕生日に宮脇賣扇庵の京扇子を贈ったことがあります。

妹がお茶や着物を習い始めた頃でした。誕生日が7月だったため、夏の季節感を表す意匠を贈りたいと思い、7月の花や花言葉を調べました。蛍も、鮎も、柳も、花火もいい。迷った末に選んだのは、華やかさと爽やかさのバランスが妹に似合うと感じた、鉄線の絵の扇子でした。

誰かに喜んでもらうために、扇子をここまで本気で選んだのは初めてでした。職人の手で作られた上等なものを、大切な人のために選ぶ。その時間に、私自身もちょっとした高揚感を覚えました。

手に取ると、扇子が「パシッ」と気持ちよく開きます。見た目の美しさだけでなく、この開閉の心地よさまで使い手を思って作られているのだと実感し、私は京扇子のファンになりました。

工芸を守るために買ったのではありません。妹に喜んでほしくて選び、その結果、私自身が工芸の魅力に出会ったのです。

贈り物には、工芸と人の間にこんな出会いを生む力があります。自分用には少し高価に感じるものでも、節目の贈り物なら手に取れることがある。受け取った人だけでなく、選んだ人も素材や技法、産地を知り、次は別の誰かへ贈りたくなる。

その小さな循環が、工芸の裾野を広げていくのではないでしょうか。

工芸品とともに失われる「風情」

暑さをしのぐだけなら、ハンディファンでも足ります。絵柄を楽しむだけなら、機械で印刷した安価な扇子もあります。それでも、京扇子がなくなれば、私たちは何を失うのでしょう。

扇子を取り出し、手で開き、自分の加減で仰ぐ。やわらかな風を感じたら、閉じてしまう。その一連の動作には、効率だけでは測れないゆとりや柔らかさがあります。私は、それを「風情」と呼びたいと思います。

上等なものを使うときには、心地よさとともに、少し背筋が伸びるような緊張感も生まれます。丁寧に扱おうとする意識が、使う人の動作まで変えていく。これは扇子に限りません。器、漆器、傘、織物にも、その道具から生まれる所作があります。

どの国の工芸にも、その土地で育まれた道具と動作があり、それらの積み重ねが、その国や地域の人々らしさを形づくっているのでしょう。

日本の工芸品には、四季や自然を暮らしに取り入れる感覚、使い手を思った緻密で丁寧な仕事、地域の歴史や地理、先人から受け取ったものを後世へ残そうとする意志が刻まれています。

工芸を失うことは、古い品物を一つ失うことではありません。ものを扱う所作や美意識、土地の記憶を失い、私たちが「自分たちはどこから来たのか」を知る手がかりを失うことでもあります。

伝統工芸を残すのは、私たち自身のため

国産漆や木材などの素材は、必要になったからといってすぐに増やせるものではありません。山や森林を守り、原材料を育てる人を長期的に支える必要があります。完成品を作る職人だけでなく、道具や部品を作る人も含めた後継者育成も欠かせません。

そして、若手に「修業だから」と少ない収入を与えたり丁稚奉公を求めるだけでは、職人を目指す人は増えないでしょう。修業中も安定した生活基盤を確保できる給与や助成が必要です。個々の工房だけでは支えきれない自然や産業の基盤だからこそ、国が長い視点で守るべきだと思います。

伝統工芸は、誰のために残すのか。

今の私なりの答えは、未来の誰かや作り手のためだけではなく、まず、今を生きる私たち自身のため、です。

だからといって、工芸を守る義務を一人ひとりが背負う必要はありません。ウィンドウショッピングの途中で、ふと目に入った工芸品を手に取ってみる。どこの産地で作られたのか、少しだけ見てみる。そんなささやかな行動が増えたらうれしく思います。

もう一歩進んで、自分の暮らしや、大切な人への贈り物に選んでもらえたら。実際に使うことで、そのものが生む風情や心地よさを感じられるはずです。

作り手だからこそ語れる技術や思いがあります。一方で、使い手や売り手、第三者だからこそ、工芸を今の暮らしに置き換えて伝えられることもあります。

私も発信者として、工芸を知らない人に、その魅力や作り手の背景を届けていきたい。工芸と暮らしの間に小さな入り口をつくることが、メディアを運営し、さまざまな場所で発信する私にできる役割だと思っています。

参考文献

  1. 一般財団法人 伝統的工芸品産業振興協会「伝統的工芸品の材料、製造用具等の不足情報」
  2. 株式会社日本総合研究所「伝統工芸品の材料不足と『自然共生サイト』の活かし方」
  3. 経済産業省「伝統的工芸品」
  4. 東京文化財研究所「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」
河野 ひろこ

河野 ひろこ

ギフトコンシェルジュ、ギフトコンサルタント、コンテンツライター。
看護師時代に培ったホスピタリティを活かし「人となり」を想像したプレゼントの見立てを得意とする。ギフトコンサルタントとして贈り物にまつわる悩みに寄りそい、新しい時代のギフト文化を研究。子育てに奮闘しながらも、まち歩きとショップ巡りを10年来ライフワークにしている。

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